板垣鷹穂とすれ違い(1) [落合]

1.「板垣鷹穂」との出会い

 何年くらい前のことだろうか、渋谷で開催されていた古本市で一冊の面白い装幀の本に出会った。古い本が積まれた山の中で偶然に触れ、手触りが気になった一冊、それが『機械と藝術との交流』であった。著者は、板垣鷹穂とある。1929(昭和4)年に岩波書店から刊行されたものであった。本の体裁、すなわち写真の構成の仕方、表紙のデザイン、本のタイトル、タイトルの配し方などの要素が私のどこかにヒットしていた。思わず手に取る、そして最後のページをひらく。そこに書かれていた値段はかなり高価なものであり、思わず躊躇した。その本は私の手を離れ、ふたたび本たちの山に戻っていった。しかし、板垣鷹穂という初めて聞く名前とその独特な書名は記憶した。

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『機械と藝術との交流』表紙

 次に板垣鷹穂にであったのも古本市の会場でであった。新宿のデパートで開催されていた古本市に京都の古書店が『藝術的現代の諸相』(1931年 六文館)をもってきていた。今回は迷わずに、すぐに購入した。『機械と藝術との交流』に比べると大判でデザインも少し武骨、私の中での本の体裁に関する評価は少し落ちるが、冒頭のページに写真を組み合わせたページがあり、ここが素晴らしい。キャプションを確認すると装幀と挿繪として、「寫眞撮影 堀野正雄、製版印刷 田中松太郎」とある。この寫眞による構成は表紙を飾り、また冒頭の20ページにわたって寫眞構成による図版ページとなっている。「はしがき」によれば、「この書は、現代藝術の複雑な諸相を理解したい――という私の希望に編まれた。一九三○年の夏から一九三一年の夏までの約一年間に發表した舊稿が、その主な内容である。」とある。また、「この書は、この書に先立って現代藝術を扱った若干の拙著と聯關する。一九二九年の暮に刊行した「機械と藝術との交流」(岩波書店)、一九三○年の春に刊行した「新しき藝術の獲得」(天人社)、同年の暮に刊行した「優秀船の藝術社會學的分析」(天人社)が、それである。」とし、この時期に板垣が連続して出版した書籍との関連を示唆している。
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『藝術的現代の諸相』表紙

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『藝術的現代の諸相』の写真構成のページ(部分)

2.板垣鷹穂はご近所さん

 この本での最初の発見、それは奥付にあった。板垣鷹穂の当時の住所である。「東京市外上落合五九九」とある。町内会ではないか、と気づく。さあ、それではと1929(昭和4)年の地図を取り出して番地を確認する、どうやら中井駅に近い。今の山手通と早稲田通の交差するあたりだ。当時、山手通はないので、山手通の開通によって道路で消えてしまっているかもしれないと思いながらも訪ねてみた。地下鉄の落合駅にも近い。今は大きなマンションが建っていた。周辺をみると文化住宅の時代の、つまり大正末期から昭和初期あたりの建築様式を感じさせるつくりの家があり、少しだが雰囲気を感じさせてくれる。この界隈、中井駅から北側の坂を登った、現在の中落合の高台にかけての地域は目白文化村が開発、造成された場所にあたり、当時「文化住宅」と呼ばれた和風建築の玄関脇に洋風デザインの応接間が作られるといった和洋折衷の建築様式や純粋に洋風建築をもちこんだ洋館などがならんだ独特の景観をもった地域なのであった。

 ちなみに、私は板垣鷹穂邸の住所を訪ねた、この日の帰り道は山手通を目白文化村方向へ向かい、西武線の線路を越えてから中野区方向に向かい林芙美子記念館を訪れたのであった。直接の目的は林芙美子記念館に入館することではなく、記念館の隣にある古い洋館をみたくなったからであった。ところが、行ってみると洋館はすでになく、更地になっていた。三棟連続で建っていた趣のある洋館(刑部人のアトリエ)で大好きだったのであるが、変わって何が建築されるのだろうか(すでにマンションが建設された)。そういえば林芙美子邸の設計は山口文象である。板垣鷹穂が上落合に住んでいて『藝術的現代の諸相』中の論文を書いた頃、つまり1930(昭和5)年に林芙美子は上落合字三輪850番地に杉並の和田堀ノ内から転居してきており、まさに板垣さんとはご近所さんであった。ちなみに私も杉並区和田(林の当時の家から徒歩3分くらい)から新宿区上落合への転居であり、この一点だけでも林芙美子に親近感を感じてしまった。この年の8月、林芙美子は改造社から『放浪記』をだす。これがベストセラーになった。板垣鷹穂邸のあった場所を特定した昭和4年(1929年)の地図で確認すると板垣邸からは本当に近い。歩いて5分程度の距離しか離れていない。

板垣鷹穂が昭和6年に住んでいた場所.JPG
板垣鷹穂が昭和6年に住んでいた場所のあたりの現在の景色
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やまがたん

いつもいつも勉強になります><
いつもご訪問ありがとうございます☆
by やまがたん (2009-06-30 12:48) 

SILENT

1930年代に写真家の濱谷浩さんが撮った写真集 東京・市の音という本を読んでいました。
1930年代の日本まるで別世界でした。
by SILENT (2009-06-30 13:37) 

駅員3

素敵な本との出会いは、心和ませてくれますね(^-^)
by 駅員3 (2009-06-30 14:25) 

Yuki

こんにちわ。
出会うべくして出会った本と、筆者とい感じがしますね。@@
なかなか、こういう出会いはないものです。^^;
by Yuki (2009-06-30 15:17) 

ナカムラ

やまがたん様:コメントありがとうございました。こちらこそ訪問いただきうれしく思っています。
by ナカムラ (2009-06-30 18:01) 

ナカムラ

SILENT様:コメントありがとうございます。1930年代、たしかに別世界ですね。でも、そんなに遠い過去ではなく・・・、私には、どこか懐かしく感じることがあります。
by ナカムラ (2009-06-30 18:04) 

ナカムラ

Yuki様:華の雫は本当にきれいでした。ご訪問とコメントをありがとうございます。
by ナカムラ (2009-06-30 18:05) 

ナカムラ

駅員3様:そうですね。私も以前は書いてある内容を主体に、今は装丁やデザインで買ってしまいます。その比率がだんだん高くなってきました。
by ナカムラ (2009-06-30 18:07) 

ナカムラ

駅員3様:コメントありがとうございました。
by ナカムラ (2009-06-30 18:08) 

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