雑誌『女人藝術』をめぐって―村山籌子と小林多喜二を中心に(2) [村山籌子]

2.板垣直子の『女人藝術』への登場と尾崎翠

 小林多喜二の手紙の中にあった板垣直子の小林多喜二論は1930(昭和5)年2月に執筆され、『女人藝術』第三巻四月號に掲載されている。そのタイトルは「小林多喜二氏の作品」である。板垣直子の『女人藝術』への登場作である。その一部を以下に引用する。

  「現今のプロレタリア文学も文学である限り、藝術的価値を問題にしないわけにはゆかない。こゝに小林氏の作品が問題にされるのも、氏の作品が藝術的価値の上で優れてゐるからである。現在のプロレタリア作家の中で、イデオロギーの確乎としてゐる事と、描寫の形式の優れてゐる點との故に、氏の作品は広く注目を受けてゐる。」

とべたぼめである。もちろん、厳しい批評精神を有する板垣直子は多喜二の全ての作品をほめちぎっているわけではなく、個々の作品については、それぞれに批評し、注文をつけてもいる。ただ、イデオロギー一辺倒ではない、文学作品としての質をきちんと評価しているのが印象的だ。特に『一九二八年三月一五日』には高い評価を与えている。

  「「一九二八年三月一五日」は、一人の作家の処女作と考へられぬ様な、落付いた、筆力に圓熟さを示す作品である。作者の意圖するとしないとに拘らず、形式は「ノイエ・ザハリヒカイト」を持ってゐる。」

この評論の掲載された『女人藝術』は1930(昭和5)年四月號であるから、ちょうど多喜二が上京したばかりの時期の発行号にあたり、多喜二にとっても印象深かったのかもしれない。

 この板垣直子の評論の直前のページには尾崎翠の「映画漫想」が掲載されている。そして、この尾崎による映画に関するエッセーは九月號まで6回にわたる連載となっている。小説のモチーフに臭覚=匂いをとりあげた稀有な感性をもった作家である尾崎翠が『女人藝術』に登場したのは、1928(昭和3)年十一月號のこと。「匂ひ」というタイトルの小品作品である。

  「これは匂ひで、林檎そのものではありません。匂ひは林檎が舌を縛るほど鼻を縛りません。だから私の舌の上の林檎より、鼻孔のあたりを散歩してゐる林檎の方が好きです、  ゲエテ閣下。」

何という斬新さだろう。今読んでも鮮しい。尾崎翠は板垣鷹穂、直子夫妻の家から歩いて10分もかからない上落合850番地、842番地に住んでいた。よく板垣家を訪れていたようである。また、林芙美子が1930(昭和5)年に上落合に越してくるが、大好きな尾崎翠の紹介があったからのようだ。また尾崎翠の代表作「第七官界彷徨」の全編版は板垣鷹穂が編集主幹であった雑誌『新興藝術研究』第2号に掲載されたものだった。ちなみに、この第2号には小林多喜二も「壁小説と「短い」短編小説」という評論を書いている。

新興芸術研究2.jpg
「第七官界彷徨」全編が掲載された『振興藝術研究』2号。体裁がユニーク。まるで単行本のような厚さ。昭和6年6月発行。

「女人藝術」創刊号 番付.jpg
『女人藝術』創刊号に掲載の番付

「女人藝術」創刊号昭和3年7月號作家番付.jpg
新興文壇番付
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びくとる

ご訪問&nice! ありがとうございます。
by びくとる (2009-07-14 12:49) 

ナカムラ

びくとる様:コメントありがとうございます。これからも宜しくお願いします。
by ナカムラ (2009-07-14 13:00) 

SILENT

こんにちは
文壇番付に年寄 島崎藤村 とあるのが面白いですね!
昭和5年ですか?
by SILENT (2009-07-14 13:57) 

ChinchikoPapa

「女人藝術」を読むと、いつもつい笑ってしまうのですが、「真平蒙御免」の文壇番付もおかしいですよね。文壇職業見立や文壇動物園などもそうですが、編集部で爆笑しながら作ってた様子が目に浮かびます。
by ChinchikoPapa (2009-07-14 16:31) 

ナカムラ

SILENT様:コメントありがとうございます。文壇番付は昭和3年7月ですね。
文章で昭和5年のあたりを書いておきながら・・・すみません。当初、長谷川時雨の妹の春子は女性版文藝春秋をめざしていたので、こうした面白い番付表などを作っています。
by ナカムラ (2009-07-14 19:42) 

ナカムラ

ChinchikoPapa様:コメントをありがとうございます。私は妹で、画家の春子が爆笑しながら作成していたものと思います。まじめな生田花世にはこうしたセンスは薄そうだし、素川絹子もどうでしょう。さすがに作成にはかかわったのでしょうが。女流作家を植物に見立てたものがありましたが、尾崎翠が「スカンポの花」とされていたのを思い出しました。
by ナカムラ (2009-07-14 19:48) 

ChinchikoPapa

動物にしろ植物にしろ、見立てでいつも長谷川時雨がそれなりに当たり障りのないものが選ばれているのは、ちょっとズルイですよね。
by ChinchikoPapa (2009-07-15 12:47) 

ナカムラ

ChinchikoPapa様:まったく同感です。編集部の若手も春子もおそらくは時雨に遠慮して・・・。ズルイですが、私もそうしたでしょうね。
by ナカムラ (2009-07-15 13:01) 

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