雑誌『火の鳥』  尾崎翠と片山廣子(3) [尾崎翠]

(3)こほろぎ嬢と桐の花

神經病者は神經病者を拒否するのである。これは同族者への哀感を未然に防ぐためであって、彼と桐の花とは、たとひ人類と植物の差ありとはいへ、ひとしく神經病に侵されてゐる廉をもって同族者である云云。

この引用部分は、神経医者である幸田当八の説として紹介する部分であり、主人公であるこほろぎ嬢が桐の花のにおいを拒んだことの背景説明になっている部分である。今は落合三輪に桐の花をめったに見ないが、以前には庭に桐の木をもつ家が結構あった。三輪の尾崎の借りている部屋の前は庭になっており、小さな護岸された川が流れていた。その先は登り坂になり原っぱになっていた。坂の上には板垣鷹穂・直子の家があり、その先には東中野駅がある。五月、雨の原っぱをこほろぎ嬢は図書館に出かける。そして、原っぱで桐の花のにおいに包まれるのである。だが、こほろぎ嬢はこれを嫌う。病にある者が同じく病にある者を拒むというのだ。残酷である。

いまこほろぎ嬢の身のまはりを罩めてゐる桐の匂ひは、もはや散りぎわに近く、疲れ、草臥れ、そしてもはや神經病にかかつてゐるのは争はれない事實であつた。そしてこほろぎ嬢の方でも、悪魔の粉藥ののみすぎによつて、このごろ多少重い神經病にかかつてしまった。

火の鳥目次.jpg
雑誌『火の鳥』目次

桐の花が神経病だという。嬢も薬によって神経病で、同病はお互いを嫌うというのである。そして、全体をおおう桐の花のしおれる直前の匂いである。全く違う観点で、この描写を考えてみた。花とは多くの場合、雌雄同体である。小説「こほろぎ嬢」において多くの誌面をさいて語られているのは「ゐりあむ・しやあぷ氏」と「ふいおな・まくろおど嬢」のいうならば精神の雌雄同体の話である。現実的な生殖としての雌雄同体は、それがたとえ植物であっても拒むのに、精神としての雌雄同体はこれに恋するのである。桐の花の強い匂いが象徴するものは生殖に伴う匂いではないのだろうか。そう考えると、図書館で勉強している女性を産婆学の暗記者だと勝手に思ってしまうところも象徴的に思えてしまう。こほろぎも生殖のために秋には鳴き交わすが、今は雨の五月である。大きな顔はできないだろう。

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ChinchikoPapa

「尾崎翠フォーラム2009」を杏奴のママさんからいただき、面白く拝読しました。尾崎翠を上落合へ「誘った」のは、はたして誰でしょうね。興味津々です。また、「2008」のわたしの文章への言及、ありがとうございます。^^
実は、下落合に早くから住んでいた満谷国四郎が、下落合を「アーティスト・ビレッジ」化しようと、画家仲間へけっこう声をかけているようなのです。それにつられて、金山平三をはじめ何人かの画家たちが暮らし始めているのかもしれません。金山アトリエの隣りの敷地は、満谷アトリエの建設予定地でした。中村彝も、同じようなことをして画家仲間を呼び集めていますね。
やはり、「その場」で暮らすようになったのは、どこかで人脈的につながりがあり、誰かを通じて紹介された・・・というケースが、圧倒的に多いように思います。
by ChinchikoPapa (2010-03-15 14:38) 

be-sun

なるほど 深いですね〜
by be-sun (2010-03-15 16:50) 

ナカムラ

ChinchikoPapa様:コメントありがとうございます。確証はみつかっていませんが、私は同郷の涌島義博と田中古代子夫妻だと思っています。二人が経営していた出版社の南宋書院から林芙美子の第一詩集『蒼馬を見たり』は出版されます。これも手塚緑敏と結婚することになって「詩人という以上は一冊くらい詩集を出していないとかっこがつかない」と思った林芙美子のために口をきいた結果だと思います。松下文子が貸した50円はやはり返されていませんでした。旭川への帰省のお金だったそうですが。涌島は橋浦泰雄の弟分。橋浦が上高田の宝仙寺に住んだときにはしょっちゅう遊びにきています。東中野や早稲田から歩いて。上落合は徒歩コースだったのでした。涌島の導きこそ尾崎を上落合・三輪に住まいさせたのだと思います。最初に尾崎翠が住んだ850番地のすぐ斜め裏手に現在「みどり荘」がありますが、関係ないんでしょうね。中井のサンメリーの「アップルパイ」をみると、(昨日食べましたが)尾崎翠の「アップルパイの午後」のアップルパイだ!と思ってしまいます。
by ナカムラ (2010-03-15 18:45) 

ナカムラ

be-sun様:コメントありがとうございます。好きが嵩じて変なことまで想像してしまうのでしょう。困ったものです。これからも宜しくお願いします。
by ナカムラ (2010-03-15 18:47) 

ChinchikoPapa

サンメリーのアップルパイ、急に食べたくなってしまったではありませんか。^^;
松下文子の50円、ひどい話ですね。長谷川時雨のケースもそうですが、うしろ足で砂をひっかけるように義理や恩を仇で返す、あるいはトン面する林芙美子の、そういう性格が大キライなわたしです。w
by ChinchikoPapa (2010-03-15 19:11) 

ナカムラ

ChinchikoPapa様:サンメリーのことすみません。松下文子さんのこと、直接松下さんから尾形明子さんが聞いているので確実です。松下さんは笑われていたそうですが、「帰れない」といったら、「あなたはお金持ちだから着物があるでしょう。それを質にいれなさい」といわれたみたいです。中井の尾崎翠旧宅のそばに質屋があります。たぶん、質屋に松下文子は行っていないと思いますが。林芙美子は私もどうも好きになれません。新宿区が夏目漱石と林芙美子ばかりに焦点をあててきたのはいかがなものか、と感じています。
by ナカムラ (2010-03-15 19:35) 

ぼんぼちぼちぼち

今 ちぃとばかり酔っ払っているので
この三回の記事 明日以降 じーーっくり拝読させていただきやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2010-03-15 22:59) 

ナカムラ

ぼんぼちぼちぼち様:コメントありがとうございました。よっているときに読んでいただいた方が気が楽かもしれません・・・・。
by ナカムラ (2010-03-16 12:05) 

ChinchikoPapa

はい、わたし、山手人の生活習慣を徹底しているようなのに、下町言葉をあやつって気取る(?)、「言行不一致」の夏目漱石もあまり好きではありません。(爆!) 
by ChinchikoPapa (2010-03-16 12:27) 

ナカムラ

ChinchikoPapa様:同感です。
by ナカムラ (2010-03-16 12:59) 

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