雑誌『火の鳥』  尾崎翠と片山廣子(4) [尾崎翠]

(4)こほろぎ嬢とねじパン

 「こほろぎ嬢」を書く前に尾崎翠は片山廣子の『かなしき女王』を読んでいたであろうし、原作者が実は男性であるが、しかし精神的に女性となって書いたものだという解説も読んでいたのだろう。そして、この物語を中心的なモチーフに使いながら片山廣子に対してのオマージュをこめて書いたものではなかったかと思うのである。栗原潔子はこの小説をどう読んだのだろうか。『火の鳥』にはのちに単行本として出版された『第七官界彷徨』に関しての栗原による評が掲載されているので、あるいは『新興藝術研究2』に掲載された「第七官界彷徨」全編を読んだ上での高い評価にたって原稿を依頼したのだろう。そして、栗原のこの依頼に対するに、尾崎翠は『火の鳥』にとっても大切な、片山廣子の翻訳作品を狂言回しに使ったところなど見事な限りである。

  會葬の紳士淑女諸君!   ゐりあむ・しやあぷ氏は   氣體詩人でありました!

ウィリアム・シャープの死に際して、残された者が葬儀の際に言った評価である。そして、同じ残された者はフィオナ・マクロウドについてもふれて、肌の香をまだ知らないと、従い、探しだしてやろうと決意するのである。

女といふ生物はみんな體質によつて肌の香を異にしてゐるものだからな! 余等は、しやあぷの謂れないやきもちによつて、まくろおど嬢の肌の香をまだ知らないのである!

またしても、香り(匂い)である。尾崎は臭覚をうまく作品に使っている。物語をある部分で現実から引き離すために抽象化するのに、図式化しすぎないために、そして物語に生々しさを残すために臭覚を使っている。このあたりは見事である。こほろぎ嬢は「ねじパン」を図書館で食べる。空腹感にはこほろぎ嬢といえども襲われる。たべなければ空腹を感じ、恐ろしいことに、それは我慢できないのである。

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