たいせつな風景・S市点描「水へ。流れはどこに向かうのか」(3) [小説]

 「DUG」にはRyuの仲間がたむろしていた。彼の高校時代の友人や予備校の仲間たちだった。会うたびに紹介をされ、彼らの仲間に入っていった。H大学の学生もいたが別の大学の学生もいた。皆、あけすけに良い奴らで、いきなりべたべたされるのが不思議な感覚だった。カウンターに僕らは並ぶことが多かった。瑞枝さんはカウンターの中から適当にあしらっていた。そのうちの一人、MinamiはRyuが僕を紹介すると僕らの間に割り込んだ。そして、まるで恋人のようになれなれしく振舞った。はじめは驚いたが、そういうものかとも思った。離れたテーブル席にいた女子学生が「はじめて会った人にあんなふうに振舞えるなんていいわねえ」と皮肉っぽい、とがった声で言い、僕らにも聞こえた。これにMinamiはすぐに反応した。僕の目をみつめると「はじめまして・・・わたし、あなたが欲しい」と真顔で言った。Ryuは噴き出しそうになるのをこらえていた。瑞枝さんは心配そうな顔でなりゆきを見ている。Minamiは僕の首に腕をまわすと僕の胸に顔をうづめた。髪の香りが鼻をうった。しばらくそのままでいたら、Minamiの体が震えはじめ、それは笑いに変わった。彼女は奔放な小動物のようだった。

 H大学の構内は平坦のように見えて、実は細かな起伏があって複雑な地形をなしている。構内には小川も流れていた。その水源は大学よりも都市の中心に近い場所にある付属植物園やその北側にある大邸宅にある庭の池からの湧水などだった。おそらくは京都と同様にS市の地下にはまわりの山から流れ込んだ大量の水がプールされているのだろう。どこでも水は豊かであり、そのためか緑の密度が濃かった。たとえばH大学では緑の芝生のローンの中に大きな春楡が点在する風景を形成していた。小川のそばには必ず大きな柳が枝をたれていた。まるで巨人がうずくまっているようなシルエットがいくつも見えた。構内を流れる小川は大学のほぼ中央に大きな池を作っていた。その池の先がポプラ並木だ。並木のすぐ近くには別の池があり、その底からは水が常に湧きだしていて砂を巻き上げていた。その様子が美しかった。また水の周囲では北の大地特有の花が咲いた。ポプラ並木の先ははるかかなたまで大学の農園になっていた。もちろん、ポプラも農園の植物も川と地下の水脈に支えられているのだろう。「DUG」で瑞枝さんとRyuと3人で夜まで盛りあがって話し込んだ夜、その勢いでRyuと二人で大学のそばのジャズ・バーで夜更けまで話し込んでしまったことがあった。郊外に住むRyuの家に帰るのは大変だったので、構内にあるサークル会館の部室に泊まったことがあった。ついでに食料も確保しようということになり農園に忍びこんだ。トウモロコシが実っていた。よくたしかめずに何本か折ってかばんに入れると笑いがこみあげた。ところが、月明かりで確かめると食えない家畜用のトウモロコシだった。「人生はそう簡単にはいかないね」「そうだよ、そんなに甘くない」。離れた広場から歌声が聞こえ、焚火の気配が届いてきた。寮生たちが酔っぱらってストームを行っていた。中心には大きな焚火。暗闇にオレンジ色の火のかけらが舞うのが美しかった。Ryuは「僕らも行こう」というなり、ストームの中に入っていった。火のほてりが伝わると興奮に変わる。薪がはぜ、火の粉をまく。歌声はいつまでも続いた。

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