霧や影のちらつきに似て(4) [尾崎翠]

そしてこの時代の作家の多くは、映画という映像表現がもっている固有のレトリックを文学、文章に取り入れていくことになる。それは意図的に行っていないのかもしれないが、映画がさまざまな形で見せる映像的なトリックに意識せずとも強い影響を受けてのことであったろう。作家、尾崎翠も映画の原作を書いている。阪東妻三郎プロダクションが募集した映画台本原作に「琉璃玉の耳輪」と題した作品を応募している。映画化されなかったのは残念であるが、尾崎も「琉璃玉の耳輪」に限らずほかの作品であっても自らの作品の映画化を望んだ一人であったろうと考える。また「アップルパイの午後」も戯曲としても読めるが短編映画のシナリオとして私は読みたい。最初期の「無風帯にて」などの小説や「映畫漫想」などの随筆的な作品を別にすれば尾崎の小説は映画原案としての色合いが強いのではないかと考える。代表作である「第七官界彷徨」においても抽象性の高い人物設定やマンガのような恋愛話は物語としてではなく、いわゆるストーリー映画ではないかもしれないがイメージ映像をインサートしながら人物を描写してゆく手法を考えれば合理的に説明がつく。板垣直子はその評論「女流文壇」(雑誌『岩波』1931年9月号)において尾崎のこうした表現をナンセンス的ユーモア文学というジャンルでくくったが、「第七官界彷徨」はユーモア文学ではなく、映像のシナリオまたはその原案として読むべきではないかと考えるように私はなった。よく尾崎翠は少女マンガ的だと言われる。一面において私もそう感じる。しかし、尾崎は少女マンガ的な世界をつくろうとしたのではなく、当時の最新の映像表現である映画で、しかもストーリーをかなり抽象化し、人物設定をあいまいにした上で生じる感覚世界を実現しようとしていたのだと考える。その結果スクリーン上に生じる映像をみた観客の心に生じる風景こそが尾崎がいう「第七官界」ではないかと思うのだ。また、他の一面においては、映画という経験自体が「第七官界」であり、そこを彷徨うこと、その経験を「第七官界彷徨」と表現したのではなかろうか。尾崎はその「映畫漫想」(『女人藝術』昭和5年4月号)の冒頭にいう。

 「漫想とは、丁度幕の上の場景のやうに、浮び、消え、移つてゆくそぞろな想ひのことで、だから雲とか、朝日のけむりとか、霧・影・泡・靄なんかには似てゐても、一定の視點を持つた、透明な批評などからは遠いものだと思ふ。つまり畫面への科学者ならぬ漫想家といふ人種は、畫面に向つた時の心のはたらき方までも映畫化されられてゐるのかも知れまい。莫迦!幕の上にちらちらする影の世界に、心臓までまでも呑まれてしまつたのだ。」

尾崎自身を漫想家に模して書いているこの文章には、彼女の映画観がにじみでている。尾崎翠にとっての映画はスクリーンにちらちらする影の世界であり、霧や影や泡に似ているにも関わらず見るものの心臓まで呑み込んでしまう存在であった。このはかなさ、世界の抽象性をストーリーに織り込みながら表現したのが「第七官界彷徨」であるように私には感じられる。尾崎翠最後の小説となった「地下室アントンの一夜」の物語も映画的な手法とみればそれぞれをイメージでモンタージュしており、全体として統合された印象に大き
な矛盾はない。ミグレニンによる幻覚があったとされる時期の執筆だと知ってからは、薬品による幻覚のような影響もあっての作品かと想像したこともあったが、いや実際は映画の手法を応用した作品ではないかと思ってからは、「地下室アントンの一夜」は、まったくミグレニンの影響などない正気な状態で書かれたものであって、モンタージュ的な手法を使ったまじめな作品であると考えるようになった。

「トライアングルですな。三人のうち、どの二人も組になつてゐないトライングル。」

3つの視点、3つの感性、まったく交わらないトライアングルとして対置される表現。それを3人の人間に仮託して語らせている。その手腕は見事である。そして記述もモンタージュばかりではなく、ズームバックやズームインのような語り口も使われる。

 「太陽、月、その軌道、雲などからすこし降つて火葬場の煙がある。そして、北風。南風。夜になると、火葬場の煙突の背後は、ただちに星につらなつてゐる。」

面白いことに交わらないトライングルとして描かれた三人は地下室の一夜で同居し、以前から通底していたことに気付く。そしてラストも印象的なセリフで終わる。

 「さうとは限らないね。此処は地下室アントン。その爽やかな一夜なんだ。」

冒頭に書いたように尾崎翠は1896年12月20日に生れた。まさに尾崎は映画とともに成長してきたのであった。尾崎翠はまさに映画の申し子であったのではないだろうか。尾崎は自らの映画観を「映画漫想(2)」(『女人藝術』昭和5年5月号)に以下のように記した。

 「映畫とは、ただに靜かな影であつた。なまぐさい聲を用いない豊かな言葉で語る靜かな世界であつた。一枚の木の葉が舗道の上をころがつて行く。なまぐさい擬音に汚されない、だまつた一枚の木の葉が季節を語る。厳つい靴が反対からやつて來て木の葉を踏んづけても、木の葉が靴のために粉粉に碎けても、その語る言葉は靜かで廣ろかつた。」

リュミエール兄弟が1986年に撮影した静かな動画を見つめていた。引き込まれるようだった。尾崎翠の好きだった映画も静かでスクリーンの上の影や霧や儚いものであったのだろう。映画は影だという彼女の主張に共感を感じた。

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