揚羽蝶 [小説]

 熱帯地方でみた揚羽蝶は、女の顔立ちを思い出させるとしか譬えようがない模様が羽全体を覆っていた。

 蝶は羽化するために幼虫時代にはもりもりと食べて成長するが、さなぎになってからは食事をしなくなる。私たちが知っている蝶の口はまるまったストローで、水分の補給にしか役立たない。したがって羽化後も食事はできないことになる。ひもじくはないのだろうか、といつも疑問に思っていた。

 熱帯地方の焼けつくような午後、赤土の露出した路を歩いていると、女の顔のような模様の揚羽蝶が群れ集っているのに出くわした。まるで小さな山のようになっていた。山に入れない蝶は狂ったように宙を舞い、山の一部になるのを狙っているようだった。私が近づくと女たちの目がいっせいに私のほうをにらんだように見えた。そして、それ以上に近づいたとき、皆いっせいに舞いあがった。山の下にあったのは若い男の亡骸で、全身に血のにじんだ小さな穴があいていた。
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赤い糸 [小説]

 ピンク色のセーターのはじから赤い糸が飛びだしていた。僕はそれをたどることにした。
赤い糸は砂丘の上をくねっていた。緑の森を抜け、その先の大きな湖をおおった霧の向う
へとつながっていた。

 どこまでいってもはじがみつからない。ついに大きな海の中へとつながっていたのをみつ
けた。どうやら赤い糸は世界のどこにでもつながっているようだった。

 しかし、赤い糸は僕にだけはつながっていなかった。赤い糸が世界とすると僕は世界から
疎外されている。海を抜けた赤い糸は空に昇り、中空の月にむかっていた。ピンクのセータ
ーの赤い糸をひいたら月がすこしだけこちらに来た。
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無用のもの [小説]

 日頃は背広とシャツにかくれているが、私の背中には小さな翼がある。
肩甲骨につながって骨がつきだし、そこに羽毛が生えている。
翼をかくしているときの私はむしろシャイなのだが、翼をひろげた時には
全身に力が漲り、なぜだか自信満々になる。

 彼女も最初は驚いていたが、慣れれば気にならないようで、そのときに
翼をつかんだりする。

 ある時、大事なプレゼンがあって、私はその中心メンバーに任命された。
大きな会議室で重要な地位にある多くの要人たち・・・。どうしても自信を
もって語れない私はシャツに穴をあけて背広の下でわずかに翼をひろげる
ことにした。

 プレゼンは想った以上にうまく進行した。私の自信が声のトーンを魅力的
にしたようだ。最後の章に進んだ私は汗だくになっているのに気付いた。
「ちょっと失礼します」と思わず背広を脱いでしまった。
誰もが目をみひらき、絶句していた。

 緊張のあまり羽ばたくとすこしだけ宙に浮いていた。
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幻の花 [小説]

 寝付けないほど暑い日が3日ほど続いた深夜、突然に耳元で滝の流れる水音が響いた。
空耳を聴いたと思ったのだけれど、目が覚めても水音は消えない。
しかし目をあけることはできない。
たしかに布団の上に寝てはいるが、まわりが水に満たされているのが感覚できる。
顔に水飛沫がかかる。
 するどい声で鳴いたのはヤマセミだろうか。魚を追って水に飛び込む音が響いた。
その音の方へ手を伸ばす。何かをつかむと水音が消えた。しずかに瞼をあける。
障子ごしにそそぐ月光。
 布団の上に私は寝ていた。あたりを見回しても寝た時と変りはなかった。
ほっと息を吐くと右手には真紅の花が握られていた。
水がしたたる真紅の花がみっつ。私はしっかりと握っていた。

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