揚羽蝶 [小説]

 熱帯地方でみた揚羽蝶は、女の顔立ちを思い出させるとしか譬えようがない模様が羽全体を覆っていた。

 蝶は羽化するために幼虫時代にはもりもりと食べて成長するが、さなぎになってからは食事をしなくなる。私たちが知っている蝶の口はまるまったストローで、水分の補給にしか役立たない。したがって羽化後も食事はできないことになる。ひもじくはないのだろうか、といつも疑問に思っていた。

 熱帯地方の焼けつくような午後、赤土の露出した路を歩いていると、女の顔のような模様の揚羽蝶が群れ集っているのに出くわした。まるで小さな山のようになっていた。山に入れない蝶は狂ったように宙を舞い、山の一部になるのを狙っているようだった。私が近づくと女たちの目がいっせいに私のほうをにらんだように見えた。そして、それ以上に近づいたとき、皆いっせいに舞いあがった。山の下にあったのは若い男の亡骸で、全身に血のにじんだ小さな穴があいていた。
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