たいせつな風景・S市点描「一度だけの赤いシャツ」(3) [小説]

 Satoshiの個展はそれから2週間、時計台のそばの画廊で開催された。僕も何度か顔を出してSatoshiと一緒に十字架を動かしては構成を変化させ、それを写真に撮影した。個展の間のSatoshiも変わらずモノトーンの服装をしていた。「出来上がったよ」と渡された個展会場の写真もモノクロだった。Satoshiの手焼きのプリントであった。彼の個展の2週間は雪融けの時期にあたり、S市の中心地である個展会場のまわりは次第に雪が消えていった。それとともに町の色も蘇ってくるように感じた。花が咲き始めるのも間近に迫っていた。
 Satoshiからの呼び出しがあって時計台の裏にあるモノトーンの喫茶店で会ったのは桜が咲き始めた夜だった。Satoshiは一番奥にあるカウンターにいた。コーヒーのお湯割りを頼むとSatoshiは用件を話し始めた。

「個展も終わったからさ、都合がつけばどこかの山に登らないか」という誘いだった。
春になったとはいえ、標高の高い山は残雪が深い。二人で相談してS市の南西にある天狗岳という山に決めた。まずは標高の割に峻峰であること、登山道が荒れてしまったままなので登山者も少ないだろうという点で選んだ。また下から望んでも、すがたかたちのよい山容である点でも選んだ。つまり登って良いだろうが、見ても良い頂というわけである。さすがに日帰りは無理なのでドイツトウヒの森になっているという麓にテントを張って一泊することにした。久しぶりにカウンターに座ったのでマスターに話がつつぬけに聞こえ、
「山に行くのかい。いいんだろうなあ、二人だけでかい。」と聞かれた。
「たぶん素晴らしいよ。上は雪が深いかもしれないけれど、下はもう雪がないだろうし、花の山とも言われているからね」とSatoshiが答えた。

僕は「マスター、お湯割りをもう一杯ください」とおかわりした。Satoshiはクロワッサンとザクロサラダを注文した。
「個展の白い十字架の構成はよかったね。なんだか自由に動かしていると自分が造形しているような気持ちになれたよ。」
「うん、ありがとう。楽しんでもらえたのが一番うれしいよ。」

時計台が時刻を知らせる鐘をならした。心地よい夜だった。

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