「第七官界彷徨」漫想(7) [尾崎翠]

第七官

氏が好きであつた詩人のことを考えたり、私もまた屋根部屋に住んで風や煙の詩を書きたいと空想したりした。

柳が町子に似ているといった海外の女性詩人は屋根部屋に住んで、風や煙の詩を書いたのだという。そしてこの物語は唐突に終りを告げる。

私は女中部屋の机のうへに、外國の詩人について書いた日本語の本を二つ三つ集め、柳氏の好きであつた詩人について知ろうとした。しかし、私の讀んだ本のなかにはそれらしい詩人は一人もゐなかつた。彼女はたぶんあまり名のある詩人ではなかつたのであらう。

小野町子もどうやら片思いのまま失恋しているようだが、隣人の国文科の学生、三五郎、一助、浩六までが失恋しているのである。この失恋のぼうっと哀しい精神状態を第七官であると町子がいっている。小説中では一助が第六官について述べる部分がある。患者への片思いにもんもんとしているところの独白である。

心臓を下にして寝てゐると、脈搏がどきどきして困る。これは坊間でいふところの虫のしらせにちがひない。心臓を上にして寝てみると、からだの中心がふらふらして困る。これはやはり虫のしらせの一種にちがひない。

僕は今にして體驗した。人間にも第六官がそなはつてゐるんだ。まちがひなくそなはつてゐるんだ。人間の第六官は、始終ははたらかないにしろ、ひとつの特殊な場合にはたちまちにはたらきだすんだ。それは人間が戀愛をしてゐる場合なんだ。

第六官まで来た。では第七官とはいったい何か。この第七官の世界を彷徨することこそが
この小説の主題なのだから。「第七官」が具体的に登場するのは一助の分裂心理学の研究
について町子が考えるところである。

こんな廣々とした霧のかかつた心理界が第七官の世界といふものではないであろうか。

音樂と臭氣とは私に思はせた。第七官といふのは二つ以上の感覺がかさなつてよびおこすこの哀感ではないか。

(天井板のすきまからみる)この大空は深い井戸の底をのぞいてゐる感じをおこさせるであろうか。第七官といふのは、この心理ではないであろうか。
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SILENT

第六官とういう言葉にとらわれました。以下ウイキペディアより

『超心理学などの研究対象となってはいるものの、通常の感覚がそれぞれの感覚器(受容体)が解剖学的に確認できるのに対し、「第六感」に対してはその様な器官は発見されていない。つまり、現在のところ科学的には何の根拠も与えられていない。大地震などの天変地異の際には、必ずと言って良いほど事後に「第六感」による予知現象が見られた(あるいは動物などの奇異な行動、異常な形の雲が現れた等)という報告があり、マスコミ等で取り上げられる事も多い。しかしその多くは確率論的・心理学的な反駁が可能である。また、事後報告に基づく以上は科学的検証は不可能である(この事は「第六感」の存在を直接否定するものでは無い点に注意)。』

ソニーに「エスパー研」なる機関がありました。第六官を研究していたようですが。第七官興味をより惹かれます。感は官であり管なのでしょうか。
by SILENT (2010-07-25 20:32) 

ナカムラ

SILENT様:コメントありがとうございます。実は母方の家系には少しあるようで、祖父はたとえば東南海地震(昭和19年)の際に地鳴りがするから地震が来ると警告していたようですし、母は近しい血縁がなくなる前夜には必ず夢枕にたたれてお別れを告げられています。

私は残念ながら、子供のときの霊能力が薄れてしまったようで、就学前にはっきりとみえた霊がいまでは白いもやのようにしか見えなくなってしまい
ました。

これはしかし、第六感ではないと思っております。

官=感で尾崎翠は使っているようです。
by ナカムラ (2010-07-28 12:21) 

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