霧のポジ、太陽のネガ<一原有徳さんを偲んで>(5) [アート]

5.一原さんの人柄

 79年末の個展の時以来、何度もNDA画廊でご一緒させていただき、様々な話をきかせていただいたし、ときに夕食をご一緒した。話してみて、わかったことは意外にラジカルな魂をお持ちだということだった。最初の頃には登山の話が多かったが、次第に文学、美術、音楽といった芸術に関する話題が二人の会話の大半を占めていった。郷ひろみよりもラジカルさにおいてジュリーの方が好きだとの発言には明治生まれの気骨を感じた。音楽では現代音楽の一柳さんの話がよく出た。評論家の土方定一さんの話も数多くうかがったが、たった一つだけ土方さんの批判をされたのを不思議に今も覚えている。ある時、土方さんが一原さんに良い画家になるためには寡作であるべきだと言われたそうだ。しかし、一原さんは全く正反対の考えで、ピカソに代表されるように本当にすごい作家は多作であるとの意見だった。私も一原さんに賛成で、それは今でも変わらぬ考えである。舞踏についても一原さんから教えていただいた。ビショップ山田さんが率いた北方舞踏派は一原さんが住む小樽を拠点に活動していた。一原さんは北方舞踏派の活動を明らかに応援していた。北方舞踏派も鈴蘭党も一原さんから知らされなければ見ることもなかったのかもしれない。その後、種村季弘さんのすすめでドイツから帰国したばかりの石井満隆さんやベッティナ・クライハメスさん、若き日の田中泯さんなどを見ることができたのも、そもそも一原さんから「舞踏」の存在を教えてもらったからだったと思う。ある時、一原さんが私に「中村さんはアルマンって知ってる?」と聞いてきた。アルマンのことはその時知らなかった。西武美術館で大きな展覧会が開催される5年ほど前のことで作品を見たことすらなかった。私が知らないと答えると、その作品について解説してくれ、画集で作品を見てみるといいと思うといわれた。後にアルマンの作品をみて気付いたのだが、私の資質に合っている作品だった。一原さんは私が作品を見せていないにも関わらず、話から私の資質を見抜いて指摘をしたのだった。アルマンはラバースタンプ・アートの先駆者であり、アキュミュレーション(集積)を方法論とする作家である。一原さんもアルマン的な資質があり、ちょっとアルマンのことを気にされていたが、どこか違うなとも感じられたようで、ある時期からはアルマンのことを気にしなくなった。むしろ、類似で気にされていたのはデ・クーニングやアルツングだった。ヌーボー・レアリスムよりも、やはりアンフォルメルの作家たちが気になるのだなと思った。一原さんは土方定一さんの推薦により東京画廊での個展を行い、同時期のアイ・オーさんとともにアンフォルメルの作家として注目を浴びたというのがデビューであった。幸運なデビューであるといえるだろうが、年齢はすでに49歳であった。私が出会ったのは79年だから68歳という年齢になられていた。「山スキーならまだ若い人に負けませんよ」と言われるほどに元気であったが、普通であれば岩登りや厳しい沢登りなどは控える年齢ではないかと思うだが、気にせず日高山脈の超難関な沢に入られていた。私でも躊躇するような難ルートだった。この精神は版画にも俳句にも小説にも、そして日常生活にも反映されていた。そして、常に溢れんばかりの好奇心をもっていた。NDA画廊の経営者である長谷川洋行さんがオホーツク・ワークショップを実施、北見紋別において各2週間、合計1か月の合宿ワークショップを、前半を石井満隆さん、後半を島州一さんが担当して行ったことがあった。その様子をぜひ見たいということで、私たちの車に同乗して現地に向かった。年齢を考えるともっと広くて快適な大型車か列車の方が楽だったと思うが、全く気にされなかった。現地でも我々と行動をともにされ、まったく違和感がなかった。帰りも同様に車に5人も乗車している中ずっとうれしそうにされていた。そんな飾らないところが一原さんらしかった。一度だけ一原さんのご自宅を訪ねたことがあった。お宅は小樽築港が眼下にひろがる高台の上にあった。板の間に大きな版画プレス機があり、その横で話をさせていただいた。周囲にはさまざまな一原作品が無造作に転がっていて、どれもが興味深かった。あまりに沢山の作品を作りすぎて、忘れている作品も多いということだった。整理をすると全く忘れていた作品がでてきて、自分で新鮮だったこともあるといわれ、満面の笑顔だった。帰りには、まるで俳句にあったような「9999」と刻印されたミニアチュール版画をいただいた。本当にサービス精神が豊かな方だった。
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kawasemi

nice ありがとうございました。
ブログを楽しみ、楽しい情報交換をしましょう。
by kawasemi (2011-05-05 20:58) 

ナカムラ

kawasemiさま:コメントありがとうございます。なかなかコメントまでできずに失礼しておりますが、皆さんのブログを楽しませていただいております。どうぞ宜しくお願いします。
by ナカムラ (2011-05-06 01:40) 

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