たいせつな風景・S市点描「十年後を待ちながら」(2) [小説]

 SUSUKINOの交差点でタクシーを降りると、指定された雑居ビルにあるジャズバーに急いだ。ドアをあけると二人は同時にこちらをみてめいっぱい手を振った。口々になにか叫んでいるようだったが聞き取れなかった。そんな二人のもとに行くのは少し恥ずかしかった。店内にはマイルス・デイヴィスのスケッチ・オブ・スペインが響いていた。会釈をして二人の坐るカウンターにゆくと那美さんはひとつ席をずらし僕を真中にはさんだ。

「待っていたのよ。全速力で走ってきてくれたかしら・・ねえ」
「那美さんの呼び出しですから全力で・・タクシーに乗ってきました。」
「馬鹿ねえ、歩いてきてもよかったのに。お金つかわせちゃったわねえ。」
「大丈夫。家庭教師のバイト代が入りましたから・・・」

そんな冗談を言いあいながらも那美さんは上機嫌だった。僕が全力で駆け付けたのがうれしかったようだ。僕を直接呼び出した張本人であるKohseiさんはかなり酔っていて、目がすこしうつろだった。僕の肩を軽くたたきながら「よく来た、よく来たなあ・・」と繰り返した。聞けば二人は夕方からこのジャズバーに入り、バーボンを飲み、文学について議論し、バーボンを飲み、ジャズについてありったけの知識を披露し、酩酊したKohseiさんはバーボンを吐きながら、那美さんにプロポーズまでしていた。少し困った那美さんは僕を呼ぶようにKohseiさんに命令したのだった。Kohseiさんは僕が駆け付けるまでの間にバーボンをふたたび飲み、機嫌を直していたのだった。しばらくは僕を真ん中にしてKohseiさんは那美さんを口説いていたが、いつの間にかカウンターに倒れ込んで寝息をたてはじめた。

「ごめんね、少しだけ困ってしまって・・・思わず君を呼んでしまって・・ごめん。」
「いいんです、やることがなくて退屈していたんですから。那美さんに呼ばれてうれしかったんですよ。でもkohseiさんは酔っていたからって冗談でプロポーズしたわけじゃないと思いますけどね。シャイだからこうでもしないと気持ちを伝えられないんだと思うけど・・・。」
「でも、それは困るわ。イベントの企画パートナーとして仲良くはやりたいけど。それ以上の関係は考えていないもの。」

僕たちはKohseiさんの話はそこまでにして、これからのイベントについて話し合い、それが終わると文学や演劇について話し始めた。那美さんとそんな話をするのは楽しく、過ぎてゆく時間のことを忘れた。Kohseiさんが復活したときにはすでに夜が明けていた。バーのドアをあけると鳥のさえずりが聞こえ、あたりはちょっと明るくなっていた。

「那美さん、もう朝になってますよ。風が気持ちいいですよ。」
「うーん、本当だ。気持ちいい。・・・ねえ・・・私ね、君の十年後を見てみたいな。十年後の君はどんなになってるんだろうね。興味があるなあ。今はまだ19歳だよね。どんなになってんだろうねえ。」

朝日は斜めに光線を送ってくる。Kohseiさんは「ヨーイ・ドン」というなり歩道を一人で走った。足元から砂埃がたったが、そんな状況でも、僕たち三人ともにそれぞれの未来を信じることができていた、少なくともそう僕は信じた。そんな朝だったのだ。
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